朝日長者伝説と長者原の話
さる3月18日、梅木秀徳氏をお招きして九重に伝わる朝日長者伝説と七不思議の講演が行われました。
そこで長者原について少し・・・
朝日長者2012.3.18
講演をする梅木秀徳氏
ご存知、九重を代表する歌『坊がつる讃歌』は広島高等師範学校(現・広島大学)の『山岳部第一歌・山男』を基に梅木氏等によって作られた歌です。
七不思議2012.3.18
朝日長者伝説・七不思議のひとつ ~不断鶴の墓~
七不思議の場所は民家の中にあったりと中々行き難いのですが、ここはまあ何とか探せそう。長者の屋敷神とされる『年の神』のすぐ近くなのでここがおススメかと思います。
長者伝説は全国に同じような話が多々あるのでその信憑性はともかく、この朝日長者伝説が今の長者原の地名の由来です。
長者原と命名されたのはそれ程古い話ではなく、1926年に別府観光のパイオニア・油屋熊八氏が『松の台』にテントホテルを開設。その一帯の地名を『長者賀原(ちょうじゃがはら)』と命名しました。しかし同じく同年開催された日本少年団全国野営大会の指導者・ニ荒芳徳氏(伯爵)が「九州では原をハルまたはバルと読み、ちょうじゃばるが好ましい。」と言ったので長者原(ちょうじゃばる)で定着しました。(郷土史家・小野喜美夫氏より)